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体験から学んでいく、男の女のやるせなさ

これをはたして恋愛と言えるかどうか、私には自信がありません。しかしまだ世の中のことを熟知していない当時の私にとっては、それこそ人生をゆるがす大事件だったことだけは確かです。

私はそのころ、ある絵画グループに所属し、会社が終わるとひとまず帰宅した後、絵具箱をさげて絵画教室に通っていました。そこには普段30人ほどの生徒さんが集まっていました。

生徒といってもおもに、中年の主婦が多く、男性も定年退職した人とか、ご隠居さんといった方が大半を占めていました。私のような独身者はまれで、何人かはいましたが、どちらかといえば中高年齢者の間にまじって、ずいぶん皆肩身の狭い思いをしていたようです。講師は女性で、れっきとした美術協会会員の肩書をお持ちでした。

およそ3時間、花や陶器等の生物を油絵に描き、出来のいいのはその年の美術展に出品できるのでした。ある日、その女性が教室にやってきました。き今日から新しく参加されるらしく、講師に紹介されて、照れたようにおじぎをしていたのがいまでも印象に残っています。みんなの中でみたせいか、その女性はとても若くてみずみずしく、その上美人でした。

たまたま私の横にイーゼルをたてて、カンバスを置きました。「こんばんは」彼女が挨拶するので、私も返しました。

笑顔がさわやかで、好感のもてる人でした。私はそれからというもの、これまで以上に熱心に教室に通うようになりました。

彼女も休むことなく教室にやってきます。絵のほうはまだまだ未熟で、私にもよくアドヴァイスを求めました。教室が終わると、近所のカフェにいっしょに立ち寄るようにもなりました。はじめのころは絵画に関する話題が多かったのですが、そのうち男女に関係することや、恋愛についてもやりとりするようになってきました。

ある時、彼女がいやに真剣な表情を私にむけました。私もまた緊張して、彼女の言葉をまちました。

その私の耳に、唐突に彼女が「私を抱いてください」と言ったのです。私はあ然となりました。そりゃ、教室の中ではだれよりも親しい間柄ではありますが、抱くとか抱かないとかいうほどの関係にはまちがってもなっていないことは事実です。しかし私は若かったのです。

うろたえる自分をごまかすように、こくりとうなずいてみせたのでした。とはいえ、その足で最寄りのホテルに行きいざ彼女とという段になっても、結局なにもできないままホテルを後にしました。しかしこのことがあってからというもの、私の彼女に対する思いはいやがうえに強まっていき、毎日のように電話をしたり、メールを送ったりするようになりました。しかし返事はありませんでした。

彼女はあれ以来、あまり教室にも姿をみせなくなりました。そんな彼女からある日突然連絡があり、カフェであう約束をしました。

あってみると、はたして彼女のほうから迷惑そうな顔つきで、もう電話はしないでと釘をさされました。あとで本人の口から聞いてわかったことですが、あのとき彼女は、恋人に浮気をされ、その腹いせに私にあのようなことを求めたのでした。

それに容易くのった私も愚かですが、そんなことのために利用された自分がつくづく情けなく思えました。これを恋愛とよべるかどうかはわかりませんが、このような体験をすることでわずかずつでも男女のことがわかっていくのだとしたら、恋愛なんてけっしていいことばかりじゃないんだと、やるせない気持ちで思った私でした。