月別アーカイブ: 2015年5月

恋愛は、自分と向き合いながら成長していける事だと思います。

熱しやすく冷めやすい。一人が好きだけど寂しがり。追われるのが苦手。ダメだと分かっている方にはまってしまう。こんなにも面倒な女代表のような私は、実らない恋も入れると“恋多き女”の一人になるのではないかと思います。

初恋は幼稚園の時でした。近所に住む男の子で、よく遊んでいた事がきっかけで好きになっていました。毎年バレンタインにチョコレートを送り続け、中学二年生の時に告白をしてフラれました。

高校に入学し、同じ部活にいた男の子のプレーがあまりにもカッコ良くて一目惚れし、メールアドレスを聞きメールのやり取りをしました。彼からの返事はどの友達よりも速く返し、遊びに誘ったり一緒に練習をしたり、忘れ物があったら彼のいるクラスの友達に借りに行くようにして一目でも彼を見たりという、純粋が故の粘着質な女になっていました。この恋も実る事はなく、その後は無謀な片想いが続きました。

サッカーで活躍してカッコいいと思った人。部活の憧れの先輩。頭が良くて勉強を教えてくれたクラスメイト。3年間の間に好きと感じたりときめいた人は少なくありません。しかし、私に興味を持ってくれた人達とは、メールや電話のやり取りはしたものの、どうしても好きにはなれず終わってしまう事ばかりでした。

こうして、高校卒業まで付き合うという事はありませんでしたが、沢山の恋をしていました。今思えばそれだけエネルギーがあったのだと思います。歳を重ねて思うのですが、恋愛にはエネルギーが必要です。好きな人のために様々な努力をしたり、関係を続けるために我慢をしたりする事も沢山あります。本当に大事な人には自分を分かって欲しいし相手を理解したいと思い、時にはぶつからなければなりません。

これは、エネルギーが無ければ出来ないと思うのです。初めて彼氏が出来た大学一年生で学びました。

同じ科で出会った彼はカッコ良くて面白くて優しい、理想の人でした。よく遊ぶようになり、告白してくれたのをきっかけに付き合い始めました。始めは楽しい気持ちでいっぱいで、毎日一緒にいたい私は彼が一人暮らしだったため、家によく行くようになりました。初めての彼氏に浮かれていたのです。付き合い始めて数ヶ月が経つと、彼は友達とよく遊ぶようになりました。

それも、男女問わずなので私は不安になり、そんなに私と遊ぶのが嫌なのかと聞いたり、無理矢理家で一緒にいるようにしたりと彼の負担になっていました。結果、半年と経たずにフラれてしまったのです。別れたくないと何度も連絡をし、仕舞いにはアドレスを変えられる始末でした。同じ科で、講義も一緒の教室にいるので辛すぎて休む事もしばしばありました。

そんな中、バイト先の男の子とよく遊ぶようになりました。彼には彼女がいたのですが、あまり上手くいっていないような話をしていたので私も段々気になってしまい、彼との遊びに夢中になりました。寂しかった事もあったのですが、居心地が良かったのです。しかし、彼は彼女と別れることはありませんでした。

私もこのままではいけないと思い、出会いを求めて街コンへ行きました。そこで出会った年下の男の子と付き合い、数ヶ月付き合ったのですが上手くいかず別れ、その後も別な人と付き合ったり別れたりを繰返しました。

こうして思い返すとあまり良い恋愛はしていないのですが、恋愛は自分の嫌な所と向き合わなければいけないのだと気付かされました。嫉妬する自分、わがままな自分、重い自分。沢山の自分の嫌な所と向き合い、直して好きな人に受け入れてもらえるような自分を目指さなければならないのです。これには相当な努力が必要です。

出会いを通じて、自分を成長させる良い機会になるという事が恋愛だと思っています。今は結婚をしているのですが、結婚に至るまではそれまでの経験を通して“こうしたら良いか”、“私はここが良くないから直すようにしよう”など、様々なことを考えていました。それくらい、主人に好きでいて欲しかった気持ちもありますが、辛かった事も嬉しかった事も、全て経験していて良かったと思いました。

全て無駄ではありません。その時しか経験できない恋愛があり、それが将来にちゃんと繋がると思っています。

まだまだ主人との生活は続きます。これからも仲良く過ごしていくため、自分としっかり向き合いながら努力し続けて行きたいと思います。

不倫真っ只中、これからどうなるのか…

一年半前に一目ぼれしました。その相手はバイト先のオーナーでした。完全に私が一方的に恋に落ちてしまいました。

そんなことになったことがなく、とりあえず2人の時間を作って連絡先を聞かないと、と思っていました。周りのバイトスタッフに噂されたりおちょくられたりはされたくなかったので自然と二人の時間が出来るのを待っていました。ある時、終電を逃してしまいオーナーが車で送ってくれると言ってくれ、チャンスは今しかないと思い、車の中で連絡先を聞こうと思っていました。

車に乗って少しすると、「バイト慣れてきた?ちょっとずつでも慣れてくるといいね!連絡先聞いてなかったから教えて!」と言われ、また恋に落ちました。たぶん、その時はただバイトの連絡を取るために聞いてきたのだと思いますが、私からしたらもう奇跡でした。それからたまに連絡を取るようになり、ついに二人でご飯に行くようになったのです。

ここぞとばかりに私は張り切り、猛アタックしました。初めて会った時からずっと好きでしたと、お酒の勢いもあってか、いつの間にか告白してしまいました。返事は「ありがとう。」だけで、内心そんな返事待ってないし、イエスかノーで返事してもらいたかったのにさらっと流されてしまいましたが、そんなことじゃめげませんでした。

しかし、バイトも慣れてきて、スタッフとも仲良くなってきたころに聞いてしまったのです、「オーナー結婚してるし子供もいるよ。」と。衝撃をうけました。言葉が出ませんでした。知らなかった…、なんで教えてくれなかったのだろう…と。さすがにその件では衝撃を受け、どうしていいかわからなくなりました。だから、イエスともノーとも答えず流していたんだ…と。

しかし、噂は噂であってウソかもしれないと思い、直接彼に問い詰めました。そしたら、「結婚したくてしたわけではない、子供が出来てしまい、責任として籍を入れるよう迫られた…。」と言われました。真実だったことにも衝撃を受けましたが、その前に話してくれなかったことにもっと衝撃を受けました。その時にはもう彼氏とまでは言いませんが、私の中ではいつも一緒でなんでも相談する相手となっていたので諦めようとも諦められませんでした。

その後もご飯行ったり遊びに行ったりしましたし、その間にもずっと好きだから・ずっと待ってるもんと伝えていました。そんな関係が一年過ぎた頃に彼から「ずっと待ってろなんて言わないし、他の男に行きたかったら行っていい。

ただ俺はお前のそばにいたい。」と言われ離婚はしてはいませんが、ちゃんと付き合うことになりました。

今では同棲しておりいつもラブラブです。喧嘩することもありますが、毎日幸せです。離婚ももうすぐと言っていますし、私は彼のことを信じようと思います。

ネットでの婚活お見合いサイトに救われたアラサー女子

私にとって20代前半の恋愛は単純に「大好きな彼と一緒にいるだけで幸せ」なんて生温い気持ちではなく、がっつり将来のパートナー探しでした。

どうしても20代のうちに結婚、出産をし、売れ残りのレッテルを貼られたくなかったのです。

そんな下心を見抜かれたのか、「結婚」という言葉を口にし過ぎたのかは分かりませんが、27歳で4年付き合った彼氏に振られてしまい目の前が真っ暗になりました。

もちろん振られたことはショックでしたが、それよりも自分の人生設計にズレが生じてしまう方が私にとっては一大事でした。

知り合いに合コンや紹介をお願いしようかとも思いましたが、すでにアラサーの仲間入りを果たしてしまっていたので合コンでも自分が年上になってしまう可能性が大きく、多くの視線を集めることは難しいことに気づきました。

街コンへの参加も考えました。しかし一人で参加する勇気もなく断念しました。

そこで最近広告などでよく目にするネットでの婚活を試してみることにしました。

お見合いサイトを利用することで友達にもバレず、しかも1対1でお話が出来ます。更に自分の条件にあった男性をまとめて検索し、該当者にどんどんアプローチすることも出来ます。

時間の縛りもないので自分の好きな時に好きなだけパートナー探しをすることが出来る点も魅力的です。

また、婚活お見合いサイトですので登録している人の目的は「結婚相手を探すこと」のハズです。

いざお付き合いが始まって数か月後にその男性が結婚に興味がなかったなんてことはないので安心して利用することが出来ます。

失恋後、すぐに何件かの婚活お見合いサイトに登録しました。たくさんの男性の中から自分の希望に合った男性にメールをし、最終的に3人の男性と実際にお会いしました。

3人ともとても素敵な方々でした。しかし将来の事などを話しているうちに2人の男性とは抱いている将来像に少しズレを感じました。

そのため、お付き合いには発展しませんでしたが、残りの1人とお付き合いを始めました。彼と付き合ってもうすぐ半年になりますが既にプロポーズも受け、年内には入籍、挙式予定です。

一度は諦めかけた人生設計でしたがネットでの婚活に助けられました。

お見合いをする人のすべてが結婚スタンバイオーケーとは限らない

一度だけお見合いをしたことがあります。当時6年以上付き合った方と破綻して、落ち込んでいた時に叔母がもってきた話です。

正式な釣書と写真を携えて。結婚などどうでもいいという投げやりな気持ちになっていた時分、チラリと見た写真の男性は意外とイケていました。

「両親が元気なうちに親孝行しなさい」という叔母の言葉が背中を押しました。5人兄弟の長男という彼は、人懐っこい性格で「なんでこんな人がお見合いなどする必要があるのだろう。彼女がいるんじゃないの?」と直感しました。

彼の反応はさて置き、彼のお母様がとかく私を気に入ってくれました。最初の段階で「あなたみたいな女性が嫁にきてくれたら、ホントいいんだけど」とまで言われました。

私自身の気持ちはといえば、長年付き合った彼と成就しなかった後では、もはや誰と結婚してもいっしょ、といったところでした。

打算的だと思えるかもしれませんが、その人と結婚することでどのようなメリットがあるだろうか、と考えました。実家がプチ資産家らしいので、金銭的に困ったときは助けてもらえる。

本人は上場企業に勤めている。背は高くないがちょっと甘いマスク、性格はわりとおっとりしている。ただあまり賢くないから、会話が面白くないなぁといったかんじでした。

私は、別に結婚熱があったわけではなく、結局のところ「気に入ってもらえたら嫁ぎましょうか」というスタンスでした。

お見合いですので、だらだら付き合うといったことにはなりません。話をすすめるのか断るのかと回答を求められます。

彼がオーケーを出し、それでは結納をいつにしようか、という話が出かかった時でした。彼の元カノがしゃしゃり出て「ちょっと待った」をかけてきたのは。

泣きながら「結婚しないで」とすがってきた姿に彼の気持ちは揺れたのです。もともと、その恋愛はきっちり終わっていなかったようでした。「やっぱり彼女しか考えられない」と彼。

最初に感じた「女性の影」はやはり存在していたのです。彼のお母様からは長い謝罪の手紙をいただきました。「あのバカ息子を許してください」とありました。

中学生の頃、ギターがきっかけで初恋の彼と急接近した思い出

中学生の頃、バスケットボール部に所属していた同学年の男の子に恋をしました。初恋でした。

彼は中学1年生の頃すでに身長が170センチを超えており、他の同学年の男の子達に比べてとても大人っぽく見えました。

その上、顔立ちは童顔なのに性格はクールというギャップも手伝って女子の間でも人気が高く、私のように彼に恋をしていた女の子は多かったと思います。

一方でその頃の私はと言えば、いつも気の合う女の子だけで固まって男子と話すことは滅多になく、クラスの中でもかなり地味な存在でした。

そんな私のたった1つの趣味だったのが、毎日欠かせずに行っていたギターの練習です。ギターは小学校の頃に親にねだって買って貰ったもので、中学生になる頃には作詞や作曲にも手を出すほど夢中になっていました。

しかしそのギターが、私と初恋の彼を急接近させようなどとは、この頃の私に走る由もありませんでした。それは、中学3年生の文化祭を間近に控えた9月の事です。

ホームルームが終わり、帰宅準備をしている私に「ギター弾けるの?」と突然彼が声をかけてきたのです。

彼は、来月の文化祭で仲の良い友達を集めてバンド演奏をする予定にも関わらず、みんな作曲が出来なくて困っていたところ、共通の女友達から私がギターを弾けるという話を聞いたので話かけてみた、と言いました。

私達はしばらく教室に残り、お互いの好きなバンドについて話し合い、楽曲のイメージについても語り合いました

。彼との会話は楽しく、「文化祭でみんなの度胆を抜きたい!」とあまりにキラキラした目をするので、ついに作曲の件を断り切れず、「ミリオンセラーになるくらいの曲を作るね」と大見得を切って引き受けてしまいました。

曲を作っている間、頭の中に浮かぶのはいつも彼の事でした。彼に渡すなら、中途半端なものは作れないという思いだけがその頃の私を突き動かしていました。

その甲斐あってか、私が作曲した曲達は彼らの手によって文化祭で演奏され、沢山のスタンディングオベーションを貰っていました。

文化祭が終わるとまた彼と話す機会も減り、結局最後まで告白もしないまま私は中学を卒業しましたが、今もギターに触れるたび彼の事を思い出します。

1つ年上の彼女との恋愛の思い出

彼女とは大学時代に喫茶店のバイトで知り合いました。
小さい喫茶店で、バイトは僕ら2人だけでした。
僕は厨房、彼女はホールです。

大学が同じで彼女は1年先輩でしたが、バイトの中ではそういうことを意識することも無く、僕もそれほど敬語を使わずに話していました。
大学2年の時のことです。

当時サークルには所属していませんが、彼女は旅行サークルに所属していて「楽しいよ」と言われ入れてもらうことにしました。
その旅行サークルで最初に参加に参加したのは富士急ハイランドでした。

旅行サークルは電車に乗って楽しむことも大きな目的でした。

彼女が自然と輪の中心になっているのを見て微笑ましく思いながら、僕もすんなり輪の中に入れました。
富士急ハイランドではいろんな乗り物を楽しみました。

でもやはりメインはFUJIYAMAです。
僕はここに来て一番に手を挙げましたが、他は3年生ばかり。男子2人と女子は彼女1人の4人だけでした。

3年生は僕に花を持たせてくれて彼女と一緒に乗りました。

彼女は最高地点に昇る所までは僕と楽しく話していましたが、急降下すると一転悲鳴を上げ始めます。
最後には僕の腕の袖を掴んで叫んでいました。少し役得でした。

乗り終わると彼女に「途中腕掴んでましたよ」と笑うと「そんな事してたっけ?」と気付いていたはずなのに認めません。

そんな所に可愛さを感じ、その旅行がきっかけで僕は彼女に惹かれてしまいました。

バイトでもどこか意識するようになり、気持ちを伝えずにはいられなくなっていました。
そしてバイトの帰り、少し公園に寄りたいと言い、彼女に告白しました。
彼女の答えは意外にもOKでした。その時の嬉しさは今でも覚えています。

後で話してくれましたが、旅行のサークルに誘ったのも、富士急ハイランドで嫌いなジェットコースターに乗ったのも、さり気なく僕の隣りに座ったのも、僕のことが気になっていたからだそうです。
それを聞いて僕は彼女がすごく愛おしくなりました。

そうしてしばらく経ち、僕は彼女と身体を結びました。

実は初めての経験でした。
彼女には言いませんでしたが、途中でフォローしてくれたりする姿を見てたぶん気付いているのだろうなと思いました。

でも無事に最後まで一緒に終わることが出来て、僕も彼女も幸せな夜を過ごせました。
そんな彼女とも社会人になって離れ離れになってしまい、別れてしまいました。

でも若い時に出会っていつも側にいてくれた彼女は、今でも僕の大切な思い出です。

今でも切ない学生時代の彼との恋愛

学生時代、初めて自分から告白してできた初めての彼氏。

クラスも部活も一緒。毎日学校へ行くのが楽しかったことを覚えています。

彼もお付き合いは初めてという初めて同士のカップルで、とても初々しいお付き合いでした。

お昼休みに待ち合わせして会ったり、メールしたり、部活で何気なくアイコンタクトを送ってみたり、そんな些細なことが本当に嬉しくって、照れくさくって。

しかし、お互い初めてのことでどうしたら良いのかわからない部分も多くあり、それに悩んでしまったのか数か月でお別れすることに。彼からの申し出でした。

最初混乱しましたが、彼が望むならと私も納得しました。
それから卒業まで、部活では支えることに徹しました。別れても私はまだ彼が大好き。毎日顔を合わせなければならないのが嬉しくもあり、苦しくもあり、切ない毎日でした。

でも、ここでもう一度自分の想いを伝えるとおそらく部活の仲間としての関係も壊れてしまう。それが一番怖かったので結局卒業まで想いを伝えることはできませんでした。

卒業後も年に数回連絡をとる関係が続きました。話の流れで何度か会って食事をしたり、飲みに行ったりもしました。周りの人からみたら普通のカップルに見えるんだろうなと思うと余計に切なくて。

でも彼への想いを吹っ切ることができなかった私はこの関係が続くことだけでも幸せだと、彼の近況や仕事への想いを聞ける間柄ということだけで十分じゃないかと自分に言い聞かせていました。

いつしか彼にも新たな彼女ができ、私にも別の彼ができました。

それからも友達関係は続き、会えばお互いのパートナーについての相談や仕事の話などをしていましたが、お互い一線を越えることはなく、そのようなそぶりもありませんでした。

いまさら元彼とどうにかなりたいという気もありませんでしたが、何と言うか元彼は特別。彼だけの居場所が私の中にある感覚でした。後ろめたい事実や気持ちがないからこそ、その居場所は私にとって大切というか。

いつだったか、何で私達はあの時別れたんだろうかと聞いたことがありました。

彼の答えは「若かったんだよ」でした。私の何かが嫌いになったからとか、別の誰かを好きになったからとか、そんな理由ではなかったことが余計に切なかった。と同時に「ああ、そうだったのか」と、そういうことだったんだと10年近く私の中で消化できなかったものがすっと流れていくような感じでした。

あの時お互いまだ気持ちはあったのかもしれないけれど、若い私達にはどうにもできなかった。そして今目の前にいる彼はこの10年私の知らない時間が流れていて、それを取り戻すことはもうできないんだと妙に納得した瞬間でした。
それから時がたち、私も結婚することになり彼に報告したところ「俺も同じ時期に結婚することになった」と。正直ショックでした。自分の結婚を棚に上げてなんですが、自分でも「ああ、こんなにまだショックなんだ」と納得せざるを得ないほどに動揺しました。

お互いの結婚祝いと称して最後に飲みましたが、それを最後に今では会うことはありません。
決めたわけではないけれど、お互いに家庭を持つことのけじめと彼も思っていると思います。

もしかしたら、別れた後も何年も想いを引きずっている私に彼はずっと付き合ってくれただけなのかもしれません。私がその先に進めるようにただ見守っていてくれただけなのかもしれないと最近思います。
今はとても幸せです。今のパートナーと結婚して本当に良かったと思っていますが、思い出すと今でも切なくなる私の大事な思い出です。

外国人の彼氏との恋愛はとにかく精神的に疲れることが多い

外国人の彼と付き合っている、と告げると、私の知人はみんな口を揃えて「羨ましい」と言います。

しかし、それはドラマや映画で刷り込まれた外国人のイメージを思い浮かべるからそう言えるのであって、実際に外国人の彼氏と交際するというのは精神的にかなり疲れるものであるということを、おそらく彼らは知らないのでしょう。

私の彼氏はスコットランド出身で、今は日本に在住しています。知り合ったきっかけはSkypeで、私は自分の学力向上の為によくSkypeでネイティブの方とチャットをしていたのですが、そうして知り合った内の1人が彼だったのです。

彼は、ほとんどのスコットランド人がそうであるように、あまり外国の地理に詳しくない日本人にありがちな「スコットランド?ああ、イギリス人ってことでしょ!」という言葉に異様なほど反応します。

その都度、スコットランドの成り立ちやイギリスとの違いについてフォローするのは私の役目。スコットランド人は、イギリス人に間違われるとキレるらしいのでなるべく初対面の人には出身国の話はしない、というのは、私が彼と付き合いだして学んだ教訓の1つです。そして、出身国に続く彼の地雷2つ目は、料理の話題です。

イギリスはしばしば「メシまず」などと言われるように、食事が不味いことで有名です。

しかしイギリスに近いスコットランドは決してそのような事はなく、レストランでは一般的な味付けの食事が出されますし、イギリスのように脂まみれの食材がテーブルを占拠することもありません。

にも関わらず、いつも「ご飯美味しくないんだよね?いつもどんなもの食べてるの?」と聞かれることがあまりに多いせいで、毎回「君たちと同じでマクドナルドのハンバーガーばかり食べているよ!」と投げやりかつ適当に答えるのです。

この時も、私は内心「またか…」と思いながら、スコットランドの料理事情についてフォローを入れつつ、彼氏のご機嫌取りをしなければなりません。

話相手と彼氏の板挟みになる度、私はいつも中間管理職のような切ない気持ちになって精神的にも疲労困憊状態なのですが、それでも彼の人柄に惹かれて付き合うことを決めた以上、これも試練のうちの1つかなと割り切っています。

最初で最後の最悪の片思い

私が忘れられないほどのモテ期が一回きたときのことです。それは、20歳で新卒で就職したときの職場でした。

モテ期といっても、同じ年の男性にもてたわけではなくて、40過ぎの既婚のおじさん達にモテてました。

今はその職場を辞めて、去年結婚することもできました。もう思い出をしまいたいので最悪のものを投稿させていただきます。

一人目のおじさんは、本当にわかりやすく可愛がってくれていました。何かをくれたり、帰りは反対方向なのにバイクの後ろに乗せてうちまで送ってくれたりしていました。

社会に初めて出た私は、それが下心があるとはわからなくて、とても親切なおじさんだと思っていました。それが、結局すべてドロドロになるとは思ってもいませんでした。

私がなにか倉庫に物をとりに行くと、必ずといっていいほど、そのおじさんも入ってくるのです。最初は偶然かと思いましたが、後からまわりの人に聞くと私が倉庫に行くのを見て、それから倉庫に用もないのに行っていたらしいのです。毎日のように私につきまとってきました。

ある日いつものように倉庫にいくと、やはり来ました。それから急に後ろから抱きしめられました。本当にびっくりして、「冗談やめてよ!」と言ったのですが、顔を見ると男の顔になっていて、これはやばいと思いました。

固まっていると今度はキスをされました。いいタイミングで他の人が倉庫にきたので助かりましたが、そのあとはショックで仕事が手につきませんでした。上司に相談することもできず、仕事も教えてもらえなくなったらどうしようと思い、我慢するしかありませんでした。

それから辞める日まで毎日のように倉庫に入るたびにキスをされ、「好きだ」と言われ、これはいけると思われたのかどんどん激しくなっていくキスもありました。

倉庫に行かなきゃいけないことが絶対毎日3回はあったので、本当に嫌でした。倉庫に行くたびに水道の水で口を洗っていました笑

このことと、他にもいろいろあったため、3年半で辞めましたが、自分でもよく耐えたと思います。

やはりおじさんたちは若い子が好きなんです。本当に。

おじさんの私への片思いはつらかったのか、楽しかったのか、それはわかりませんが、最後のほうは私も感覚が麻痺していたと思います。

これが結婚する前の最悪の片思いされたエピソードです。

同棲は賛成!人は見た目によらない事もある

20代前半の頃に付き合った美容師の彼。出会いは合コンでした。最初は特に可もなく不可もなくだったし彼は他の子狙い。でも相談を受けているうちにくっついてしまったというアルアルケースに。仕事上、人当たりもとてもよく優しい人。年上だったしわがままも許してくれる。付き合いが続くようなら結婚してもいいかなと思っていました。

彼から一緒に住もうと言われ、一人暮らしをしていた部屋を引き払い、同棲生活がスタート。今思えば勢いだけで安易な選択だったと思います。若気の至り…なんとぴったりな言葉か。最初のうちは楽しくてご飯を作ったり洗濯、掃除もなんの苦にもならなかったのですが自分も仕事をしています。

ただ彼が帰ってくるのが少し遅いということだけで自分の負担がとても大きい、しかも片付いてない、ご飯が出来ていない事に彼が文句を言い出した時にフツフツと湧き上がる疑問…。なんで私だけが全部やらなきゃいけないの?という思いが日に日に大きくなっていきました。

しかも休みも全然合わず、彼が休みの時は他の家事をしているわけでもない。自分がいいように使われている気さえしてきて喧嘩するようになりました。

最初は喧嘩もすぐ収まっていましたがある日のこと、仕事がいつもより遅く終わりクタクタの体でご飯を作らなきゃとしていたところに彼が帰ってきました。当然、家の中は片付いているはずもなく、ご飯は今から。彼は「最近、全然出来てないよね。部屋も片付いてないしさ」と言いだし、もう我慢の限界。「私だって仕事してるし全部はムリ。

これでも頑張ってやってる‼︎」と悔しくて人生初の彼氏に怒りの平手打ち‼︎

するとそれが何百倍にもなって返ってきたのです!殴る蹴る髪の毛は引っ張られ引きづり回され、こんな事って実際あるんだな、いつ終わるのかな…という思い。痛いというのを通り越して見抜けなかった自分にバカだなという思い。絶対別れると決めて時間が過ぎるのを待ちました。

当然体はあざだらけ、耳は少し切れ、顔までもあざが出来ました。次の日仕事に行ったけれどどうやってやり過ごしたのか覚えていません。

彼は当然謝ってきました。別れてという私にもうしないから別れないでくれと。

うまくいくわけないのにそこまで言うならと許した、というか次に何か起こった時の為に彼にダメージを受けさせてやるという復讐だったと思います。うまくいっているように見せかけて元カレとよく会うようになりました。浮気という感覚ではありません。ただ会ってご飯を食べて愚痴ったりして。

もう手をあげないと言った彼が本当に手をあげないのかギリギリのところで証明してみせろという思い。元カレと会っているのをバレるように仕向け、当然責められました。

胸ぐらをつかまれ「お前、いい加減にしろよ」という彼の顔を見て家を出ようと思いました。手をあげるのも時間の問題だと。別れるなら鍵を置いて今すぐ出て行けと言われバッグに大事なものだけ入れて夜に家を出ました。大家に電話して鍵を借りて綺麗さっぱり自分の荷物を出しました。ガランとなった部屋を彼はどう思ったか。

大家に家賃が2ヶ月分入ってないとも言われました。家賃は彼の負担だったのに…。

すごく優しい彼もいい加減で非情でとんだDV男。住んでみないと分からなかったと思います。

だから結婚前の同棲生活に私は賛成です。他人と暮らすって大変ですから。

人は見た目によらないことだってあるんです。