婚活サイトで「意識の違い」によるトラブルがありました

20代後半のころ、全く出会いがなく婚活サイトを利用していました。

20代後半のころ、全く出会いがなく婚活サイトを利用していました。

婚活サイトでは、男女とも複数の方とメールでやりとりをしたり、会ったりすることは当然のことだと思います。

メールや、2.3回会っただけでは付き合っていることにはならないので、まだ相手を知る段階です。

しかし、私(女)がそう思っていても相手の意識が違っているということが何度がありました。

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婚活パーティーで頑張った自分をほめてあげたい話

私は28歳の時から婚活を開始しましたが、専ら利用しているのが婚活パーティーでこれはもう何十回と参加しているくらい力を入れています。

そしてとある年代が近い人が集まる婚活パーティーに行ったとき、凄く見た目がかっこよくて一目ぼれに近いものがありました。

男性とは全員と3分ほど会話する全員会話を最初にしたのですが、その気になる男性が来るまで凄く緊張しました。

ちゃんと話せるようにそれまで他の男性と一生懸命話して緊張をほぐしながら待ちました。そしてその男性の晩になった時にプロフの趣味で好きなアーティストが同じでそこをメインに話をしてみました。

向こうもすごくノッてきてくれたのですごく嬉しくなりました。そしてその後にフリータイムがあり、今まで婚活パーティーのフリータイムは積極的になるのが苦手で話しかけられるのを待つことしかできませんでしたが、その日はどうしてもその人とお近づきになりたいという強い思いから自分から話しかけに行きました。すると近くに他の女性も来たりして人気なのがわかりました。

でも少しでも印象付けたいと思って人見知りな自分を奮い立たせてさっき話したアーティストのライブに入った話などでその場を楽しいものにしました。でも最後のカップリングではカップルにはなれず残念な思いでしたが、一生懸命にアピールしたしちょっと頑張った自分が誇らしくなりました。

町コンで出会いをゲットしました。

なかなか自分好みの女性に出会う機会がなく、地元で半年に一度開かれる町コンに参加をしています。

地元の町コンは、町が援助してくれるので、参加費は5000円と安くて、イベント会場は一流のホテルだったりするので、出される料理はどれもおいしくて、料理を食べに行くだけでも十分に元が取れるので、気楽に参加できます。

参加者は男女合わせて100人以上と多いのが特徴です。

その分ライバルも多いですが、それなりに出会いもあります。

先日、友人と一緒に町コンに参加しました。

全く見知らぬ人と話をするのが苦手なのですが、チームを組んで会場内に隠されているクイズを解いていくというイベントがあり、イベントを通じて、ひとりの女性と仲良くなりました。

イベントが終わった後も、二人で一緒に食事をして、お互いのことや地元の話題で盛り上がりました。

これは脈ありだなと思って、連絡先を聞くと、連絡先はもちろん、次も会いましょうということになって、二人で会うことになりました。
カラオケや居酒屋でデートをして、彼女のほうから告白をされて付き合うことになりました。

付き合って2ヶ月ですが、今でも仲良くやっています。
町コンは、下手な婚活サイトよりもお手軽だし、地元の人ばかりがそろうので、出会いも多いし話も盛り上がるし、交際に繋がりやすいので最高です。

モテキ到来!2人から同時にお付き合いの申し込み

2人から同時にお付き合いを申し込まれました。2人とも13歳年上の方です。1人は、学生時代からの知り合いです。

優しいし背は高いし、誰でも知ってる職業の方で収入もそこそこありです。何度か食事に行きましたが、とても楽しいし、紳士的な方です。

もう1人は、最近知り合いました。職業は、アパート経営でバイトをしている方です。見た目はハゲていますが、とてもこちらも優しい方です。

この方は、とにかくプレゼントが毎日のように届きます。お金持ちアピールなのかなんなのかわからないですが、プレゼントを断っても断っても持って来ます。高級なお肉など賞味期限のある物が主なので、正直困っています。

私としては、昔からの知り合いとお付き合いしたいと思いますが、もう1人がストーカーのようになりそうで、とても断れない気がしています。

悪魔な自分がいて、どっちとも上手く付き合うか?と考える自分もいます。あまり私は綺麗な方ではないので、しばらくモテモテ気分を味わうかなとも思っています。

自分の中で結論は出ているので、さっさとハッキリした方が良いのはわかるけど、アパート経営の方の熱心なラブコールには怖さもあり言い出せないでいます。

少しずつ距離をとって行くかハッキリ断るか迷ってしまいます。たいしたことない見た目の私が、どちらからも可愛い可愛いと言われるのは、ちょっとモテモテで嬉しくもあります

。年齢差がある分、見た目云々ではなく可愛いと思ってもらえるので、年の差恋愛も良いです。ひと昔前なら貢くんもいたりしても良かったでしょうが、こんなタイプは怖いですよね。

花束届いたり電話やメールが1日に何度も来るのが逆に怖いです。この人を二股なんてしたら、事件でニュースになってしまいそうです。ハッキリ断るのも怖いし、曖昧なままもダメだと思うし、一歩間違えば危ないタイプはどう対処したらいいんだろうと悩む日々です。

昔からの知り合いの方には近々お付き合いしたいと返事しようと思います。そして、こんなタイプにもお付き合いを申し込まれて断り方に迷っていることを相談しようと思います。

鴨方から島根県益田の人と恋愛〜遠距離

今から遠距離恋愛の思い出を書きます。

当時私は仕事が平日休みの上に田舎に住んでいて出会いが全くありませんでした。

平日休みにはネット婚活サイトをやったりましていました。

2008年にmixiで出会った当時25歳の島根県益田の人と結婚に繋がる希望を含めた恋愛をしました。

私は岡山県浅口に住んでいて益田まで片道だけで五時間もかかります。もちろん全て下道でしたが!

相手は、少しぽちゃな素朴な顔とグラマラスな身体と身長は平均よりやや低めな女性でした。

その年の7月に初デートし、ロングタイムデートで私が帰り際に身体の関係に強引に持っていったからその後も続く恋愛になりました。

その方と会うために家を朝の5時過ぎには出てお昼までに島根県益田のマクドナルドあたりで待ち合わせをしていたものです。

デート時間は昼前から夕方くらいまでしか、私が帰らないといけないのもあるので物理的に無理でした。

毎回のデート間際の楽しみは、ラブホでイチャイチャすることです。

でも、それ意外にも彼女と松江堀川遊覧船や、水族館や砂の美術館など、たくさんのスポットに行きました。

よく考えたら朝早くから深夜まで遠距離だけにデートのため彼女を車に乗せてると一日中運転していることになります。

一回一回のドライブデートを6回、年末までに繰り返し、6回目までに妊娠させたとの疑いがあったので、一緒に暮らそうと彼女や親御さんに言われました。

しかし、ここに来て私の心がイマイチ乗り切らないのでした。

あんなに好きだったし、遠距離の往復してたのに、なぜ年末になり一緒に暮らすのがこんなテンション上がらないのだろうと思ってました。

なので、テンション上がらないから何日か様子見で彼女の家に泊まることにしました。

親御さんがすごく怖い人で、彼女も彼女の兄弟達も皆、病気持ちだったり問題がある人ばかりで、テンション上がらないのが、余計にテンション下がり食欲もなくしました。

ここまで来て一緒に暮らすチャンスなのになぜか踏ん切りがつきません。

なので3日目に親御さんに、いったん家に帰って体調とか気持ちを改めて来ますと言って家に荷物まとめて戻りました。

しかし、その後はもう別れると彼女に告げて正式にお別れしました。

遠距離でも激しく燃えるパワーとタフさがあった私ですが、彼女の家の事情とか居心地の悪さを肌で感じ、恋愛を続けられませんでした。

しかし逆に言うと肌で彼女の家を体感したないといざ結婚してからが大変だったと思います。

もちろん彼女の家に行った時に親御さんに妊娠してなかったよと言われて実はほっとしたのもあります。

一見燃えるような恋愛になりそうなのに、何かしら恋愛には魔物が潜んでいるのかなと思います。

成就しない恋愛でしたがロングタイムデートやロングドライブやイチャイチャするとか本当に貴重な体験させていただき感謝です。

今でもずっと、1番だいすきな彼

彼との出会いは、大学3年の春。

1学年下で入学してきた彼は、背が高く細身、いわゆるジャニーズ系の顔立ちで周囲は口を揃えてイケメンと言って持て囃した。

同じクラブに後輩として入って来た彼を、私はどことなく嫌っていた。

皆にイケメンと言われ、どう見ても確実に女慣れしてそうなのに、
たどたどしく私に接してくるのがわざとらしくて不信だったからだ。

「このイケメンは猫かぶってる。絶対。」と思って、私は彼を必要以上に避けていた。

それは私自身の中にある、彼に対する興味を抑えるためでもあった。

彼のことを知ってしまったら、本当はすごく純粋な子なんだと気付いてしまったら、
絶対に私は好きになってしまう。そして、あのイケメンに選ばれることはなく仮に選ばれたとしてもきっとすぐに捨てられる。と

直感的に感じていたから、彼自身も彼の話題も避けていた。

ある時、彼が私に相談があるようだとクラブの仲間づたいに聞いた。

来た。これは、確実に遊ばれて良しのパターンだと思った。

でも、本当の姿を、もしかしたら私にしか見せないかもしれない彼の姿を
見られるかもしれないと思うと、その誘いに乗るしかなかった。

彼と行ったのは、歓楽街の一角にある学生たちで賑わう居酒屋だった。

「こういうとこ、あんま慣れてないんで。」と彼は笑って言い、私は(嘘ばっかり)と思いながらふぅんと返す。

彼の相談ごととは「僕、すごく遊んでるように見られてて。本当はそんなことないのに。」といったことだった。

「でも、○○さん(私の名)は分かってくれますよね?だって、似てる気がする。」と勝手に似たものにされたが
私も実際同じようなもので、奇しくも本当に遊んでいた時期があったから何も言わなかった。

分かってほしい、知って欲しい本当の自分を。と何度も言う彼を見ながら、
私の予感は幸か不幸か的中した。この子のこと、ずっと好きだったんだ、と。
彼の相談に応える形とは全く違っていたが、私は「あんたの事好きだから分かるよ。」と言った。

彼は驚く様子もなく「だと思ってた。僕もずっと好きだったから。」と整った顔をほどくように笑って答えた。

そんな返しが来ると思っていなかったからか、抑えてきた感情をよりによって本人に伝えてしまった解放感からか、
私は涙が止まらず、途中で笑い出したりまた泣いたりを繰り返して、店を出た。

帰り道、「僕ん家、実家だけど来ます?」とまたビックリさせられたが、私は彼と手を繋いで実家のマンションへ向かった。

大学生という若く健康で多感な男女にとっては、当たり前のように一緒に寝ることになった。

「母親起きてくると面倒だから、しぃ~っすよ?」と人差し指を口に当てて言う彼はとても可愛らしく、もう大好きとしか言えなかった。

事が始まると、彼は妙に落ち着かなくなり、何かを言いたそうにしたので「どうしたの?」と聞くと、
「いや、初めてなんで・・・」とボソリ。もう今日は何回ビックリすればいいんだと思うほど驚いた。

「そしたら、私じゃないほうがいいんじゃない?男の子にとっても大事なものだと思うからよく考えてみたら?」と
身体を起こして言う私に、彼は「そういうとこがマジで好き」と言って抱きつき、事が再開し、そして終えた。
その日が、その後何度もお祝いする二人の記念日となった。

私にとって彼は、テレビの中にいるみたいな、ずっと憧れていたけど遠い存在だったから
好きって思うことも伝えることも、通じ合うことも、まして交わり合うことなんてないと思っていた。

そんな彼と一緒にいられることが、大学生だった自分にとって何にも代え難い幸せな時間だった。

本当に大好きだった。今でも1番好きだったと思う。

社会人と学生になり、すれ違いと遠距離によって彼とはお別れしてしまったけれど
それでも、今でも、1番だいすきな彼。

ずっとずっと、私の1番だいすきな彼。

また、いつか会いたいな。

誰も責められない…絶対に忘れない結婚式

旦那も私も出身は田舎者同士。しかも、かなり離れている…。

しかし、東京で出会って、そのときの職場も互いに東京だったことから、2月に都内で式を挙げることが決定。旦那はとにかく休みがなくて、平日に結婚式の準備で動き回れるような人ではなかったので旦那の衣装や、旦那の招待客のリスト以外の準備は全て私がやった。

私の親族に関しては、祖父は父方も母方も他界していたけど、祖母はどちらも健在だったし、遠出もまだ出来る体力があったので、もちろん招待状を出した。色々大変なこともあったけど、ほぼほぼ心配ない形で当日を迎えたら…。

なんと!結婚式当日に100年に一度の大寒波襲来…。

テレビをつけて流れてくるのは、飛行機飛ばない、新幹線動かない、都内の交通網は全て麻痺という情報。

朝起きて窓を開けたら、東京にも関わらず数十センチの雪が積もり駅にまでたどりつかない。普段なら徒歩3で大通りに出るのに、雪に足をとられ前に進まない。仕方なく駅に行くことを諦め、なんとかたどり着いた大通りでタクシーを拾って披露宴会場へ。携帯には「会場までたどりつけそうにないので欠席でお願いします!」という連絡が友人から立て続き…。

どうしてもウェディングドレス姿を見せたかった祖母も叔父も大雪で家から出ることが出来ず、さらには1日、遅れて到着予定だった弟も欠席が確定した。

誰も責められないし…誰も悪くない…でも、これだけ時間をかけて、お金をかけて、人生で一番、自分が主役にならなきゃいけない日に、この大参事!

もう呪われているとしか思えない。

披露宴会場に着いてキレイにメイクしてもらい、ドレスを着て着飾っているのに、欠席の連絡が立て続いたことでテンションがガタ落ち。すぐさま家に帰りたくなり「もう結婚式やりたくない!」という気持ちにさいなまれ、全く笑えない状態に。そんな私を見て、旦那は本当に色々な言葉をかけてくれて尽くしてくれたけど効果は現れず…。

ただ、式が始まってしまえば本当に新郎・新婦は休む暇がないから、あっという間に結婚式は終了。終始、落ち込んでいる姿を見せないようにしているほうが必死という思いしか残ってない。

なんとか出席をしてくれた人からは「いい結婚式だったよ。」「この日はみんな本当に絶対、忘れないよ。」と慰め言葉をもらいうけたけど…正直、全然納得がいかなかった。

控室に戻った時点で「なんで幸せの瞬間を見てほしい人に見てもらえないんだ!」という悔しい気持ちでいっぱいになって大号泣。それを見た旦那が「もう、1回やろう。この日があんまりいい思い出にならないのは嫌だな。」と言ってくれたけど、数日間は本当に立ち直れず…。

結婚式が終わった次の日に旦那の車を出してもらって披露宴会場から欠席者分の大量の引き出物と、贈り物の花を二人で車に積み込み。それが終わったら引き出物が悪くならないうちに発送準備。で、発送伝票を書いている最中に、また悲しくなってしまい号泣。

それで私の何かが完全にプツンッと切れてしまい。旦那の言葉に甘えて夏に私の故郷で「報告会」と称してリベンジを決意。すぐさまネットで二次会用の会場を借り。

参加者は会費制に設定。ドレスコードも得に決めず、結婚式に色々な理由で呼べなかった友人も誘った。

ドレスは母親の友人が手作りのウェディングドレスとブーケなどを一式、持っていたのでそれを借り、旦那にはスーツ系のパンツに結婚式で使ったタキシード用のシャツにベストを合わせてもらった。

私が単身で故郷に帰ったときに全部、段取りを組んで、受付や司会のお願いをする友人には全てお願いして、大寒波から数か月後の夏に無事にリベンジ達成。

本当に「悔しさ」の原動力って凄まじいものがあるな…と自分でも驚くぐらいの行動だったと思う。

今と昔のお見合い恋愛事情より。

結婚には、恋愛とお見合いがあります。昔と今の結婚や恋愛の考え方も少しづつ変わってきているかと思います。

お見合いは今も昔も同じ行い方は多々あるかと思います。両親や知人の紹介によりお見合いは進められます。

仕事がとても忙しく時間に余裕の無い方にはお見合いの形になる事が大です。話に寄るとお見合いの離婚率は少ないとされています。

そこには、社会経験のある両親や知人による体験や背景にあるドラマにより的確によいカップルを選び出していると思います。

お見合いで男女で特にこだわるのは家柄もそうですが、女性なら、器量や性格など多々ありますが、男性の場合は人柄もそうですが年収は特にお見合いを進めた人はこだわるは多々あります。

私の経験から、仕事の終わった後、仕事場に親戚の伯母が訪れお見合いの話をして、
私に見合い相手の女性の写真を見せて、時間の空いた日を教えて欲しいの事。お見合い日と会う場所を設定したいと言うの事です。

仕事が忙しい中、やっと空いた日と時間を見つけ親戚の伯母に連絡しました。

親戚の伯母は早速、近くにあるホテルのロビーで会う事を相手の女性の宅に連絡を入れました。

お見合いは午前中に行いました。ホテルの広いロビーにて。此方は私と伯母で、相手は見合い相手の女性と年配の女性でした。

お見合い相手の女性は、清楚な感じの服を着ていました。私は就職に使用していた背広でした。

そのお見合いにての話は自己紹介から始まり、仕事や仕事の役柄そして、今の心境や趣味など。

色々な話をして、
後は、二人にしてもらい少しプライベートの話をして、その後昼近くとなり、場所を替えホテルのレストランで食事をしてお開きとなりました。

お見合いの可か不可かは早い目に連絡を入れるのが普通で、三日後に返答しました。

結果として性格的な事や色々あり、今回は私にはその女性はもったいないということで、相手に丁重に伝え、お見合いは駄目となりました。

恋愛の事についてお伝えしたいと思います。

昔と今とは恋愛や結婚の事情は、ずいぶん変わって来ていると思います。

昔と今では、男性と女性の距離間は短い感じがします。昔はsnsも無く男女の集う場所も少ない感じです。

今は情報社会です。昔では、女性の友達が五、六人いれば多い方とされていましたが、
今はsnsで、男性の友達は女性の友達を五十人持っていると話していました。

毎日snsを使い女性の誰かとコメントやメッセージをやりとりしているそうです。
それが返って簡単に女性とやりとり出来るので、恋愛や結婚観が薄くなって来ているのではと思います。

昔、snsも無い昭和の千九百九十年ころ、まだ、メールも無く女性とは手紙で応対していました。

男女の出会いの場としては、一つは趣味の月刊雑誌などで、雑誌は今と違って住所などはオープンで、

同じ趣味の合う同士が趣味の雑誌の交際のランを見て、交際を始めるといった感じです。

そのころの趣味の雑誌は多々あり、住所や電話や実名も雑誌にてオープンでした。

今では、考えられない事ですが、言い替えてみれば平和だったかも知れないです。

自分から好きになった人は去って行く

現在は結婚も出来、子供にも恵まれた生活をしています。

しかし、婚活を行っていた時期はもう本当に結婚できるのか不安で不安で仕方ありませんでした。

週3である合コンに、そこで知り合った人とのデートがあり、一緒に飲んだり映画に行ったりと探り探り相手のことをわかっていく。あ、この人じゃないなと思ったときのショックもだんだんと薄れ、ドライになっている自分がいました。
そのなかでも、デートを重ね、自分から好きになった人は何人かいました。しかし、必ず去っていく…というより、逃げられるといったイメージの方が近いかもしれません。

ある程度仲良くなると、連絡がとれなくなることが多かったです。

私も気持ちの切り替えには慣れてきていて、次の恋に前向きにはなれましたが、何回も続くとさすがに縁がなかった、というだけでは片付けられません。

原因は恋愛体質なので、のめり込みすぎなのだと思います。その人のことしか考えられなくなって、連絡を待ち続けてしまいます。特にこれといった趣味もなかったので、もうそのことだけなのもいけなかったのかもしれません。

あまりに押しすぎるせいで、相手の立場を考えられず身を引かれていたと思います。

たまには二番手といったときもありました。原因はわかっていても、すぐに決着をつけたい性格なので、押して押して押しまくってしまいます。そのときには、その人しかいない、チャンスは今しかないと思ってしまうのです。

今思えば、それは本当に好きというよりも執着に近かったのだなと思います。

現に、冷めるのもとても早かったので確信できます。

それから自分から好きになるのは、自分のためにならないのでやめようと思いました。

そうしたら、今の主人と出会ったのです。

きになる存在ではありましたが、絶対付き合いたい‼と思わなかったのも事実です。主人には言えませんが。

お付きあいしてほしいという言葉をもらったので、ぜひと受けました。

少しずつ、付き合ってからゆっくり好きになっていくことができました。

今まで好きになったり、付き合ったことのないタイプなので、次の行動を予測することがむずかしく理解するのにも苦労しました。

結婚した今でも、主人のことをわかっているつもりはありません。たまになにを考えているかわからないけど、その奥には必ず家族をおもっている信頼があります。

結婚は恋とは違うということが、少しわかってきました。

ただすきだけでは乗りこえられない何かが、必ずあると思います。

出会いから12年。やっと彼と結婚できました。

22歳の時でした。会社の後輩が行きつけのバーに連れていってもらいました。

後輩は週に2、3度通っているらしく、従業員とも仲が良くカウンターに座りました。従業員は私と同じ年でちょっと太めで話しやすい店長と、色黒でワイルド系の無口な1歳年下の男の子と、ノリの軽い2歳下の男の子がいました。

店長が明るく話しやすいことから、初対面である私もすぐに打ち解け、店に通い詰める事になりました。

店に行くたびに店長に「かわいいね。付き合おうよ。」と言われていましたが、いつも軽いノリで言うので真剣に受けとめていませんでしたし、私には中学生時代から付き合っている彼氏がいました。

彼氏の事が好きでしたし、結婚もしたいと思っていました。ただ、色黒ワイルド系の無口な男の子のことは内心気になって、店に行くと彼を目で追っていました。

ある日彼氏とデートをしていました。付き合って8年になるので、特別な会話はなくいつものように過ごしていましたが、彼の態度が少し変でした。「どうしたの?」としつこく聞くと、「好きな人がいるから別れたい。」と言われ、頭が真っ白になりました。

その後のことはよく覚えていません。私は誰かに聞いてほしくて1人でバーに行き、泣きながら別れた事を話しました。朝になり、全く記憶がないほど酔ってしまいました。

彼氏と別れてから、バーで働く人たちの集まりに度々誘われるようになり、彼氏と別れて暇を持て余していた私は頻繁に参加しました。

おかげで色黒の無口な彼とも徐々に話すようになり、2人きりで会うようになりました。彼は一見怖そうな外見ですが、笑う時、子供のように笑います。私は会うたびに好きになりました。彼も同じ気持ちでいてくれたのか、告白され付き合う事になりました。

付き合った最初はとても幸せでした。3年ほど経過した頃、彼が怪しい行動をとりました。疑いは的中。彼は女性と浮気していました。

彼はバーで働いているため、女性との出会いはたくさんあります。私は彼の事が好きだったので、今回限りと言う事で彼を許しました。

しかし、彼の浮気癖は治りませんでした。浮気の度に別れようと思いましたが、彼はその度に「もうしない。」と言うので、その度に許しました。

年齢的にも結婚に焦っていた私は、今になって別れる勇気がありませんでした。

29歳の時、彼から「少しマンネリしているから距離を置きたい。女がいるわけではない。」と言われました。彼の言葉を信じていましたが、友達から彼が違う女性と付き合っていると聞き、裏切られた気持ちでいっぱいでした。

絶対許さないと思いつつ、どこかで忘れられない自分がいました。内心彼を待っていたと思います。

それから数年、彼からの連絡は1度もきませんでした。諦めかけていた時、彼から突然の電話がありました。

今までの事を包み隠さずすべてを話し、他の女性と付き合ってみたうえで、私じゃなきゃだめだと言うのです。そんな都合のよい話はないと思いながらも、私は彼のことを受け入れてしまいました。

彼と結婚したのは34歳。とても長い道のりでした。